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ある日のこと。
幼いソロモンが窓の外を見ると、先ほどまで空から大雨が降っていたのが嘘のように、雲の隙間から眩い陽光が降り注いでいました。
「晴れましたね」
ソロモンはそう言ったのですが、返ってくると思っていた返事が何処からも聞こえてこなくて、
「?」
ソロモンはハテナ顔で横を見ました。すると、つい先ほどまで隣にいたはずのカールがいなくなっていました。
「まったく……」
カールがいなくなった理由が、ソロモンにはわかりました。ここ数日、雨ばかりでしたから、晴れたとわかった瞬間にカールは遊びに行ってしまったのでしょう。声をかけてくれれば一緒に行ったのにと思うのですが、カールはこれと決めたらすぐに行動してしまいます。何かしたいと思ったら、ソロモンのことを置いて行ってしまうことはしょっちゅうでした。
けれど、好きなものの方に弾丸のように飛び出して行ってしまうカールのことが、どうしようもない程に好きになってしまったのは自分自身です。まだソロモンは子どもでしたから、“惚れた弱み”なんて言葉の意味はよくわかっていませんでしたが、大人になったらきっと誰よりもその言葉の意味を噛みしめることになるでしょう。
カールが何処に行ったのか見当もつかないので、ソロモンは家で本を読むことにしました。
ソロモンが本を読み終わったころ、太陽が次第に傾き、赤く色づき始めていました。けれど、カールは帰ってきません。
流石に心配になって、ソロモンは外へカールを探しに行きました。
カールが好きな川辺を探し、教会の花壇を探し、怪しい雑貨売り場を探し、まさかと思って井戸を覗き込みましたが、カールの姿は何処にもありませんでした。
ソロモンの焦りが増していくのと共に、太陽の居場所はどんどん地平線へと近づいていきます。
何をやっていたんだ、とソロモンは思いました。ソロモンは、どこかで分かっていたはずなのです。ここ数日の雨でカールがずっと外に出られず、家に閉じ込められていたことを思えば、カールが時間を忘れてしまうことなんて、少し考えればわかったこと。こんなに遅くなる前に、もっと早く探しに行くべきだったのです。
墨が少しずつ流し込まれるように空に黒が広がっていく中、ソロモンは途方に暮れていました。探すべきところは、全て探しました。もう、何処を探したらいのか、わかりません。
考えろ。
考えろ。
カールが行きそうな所を。
必死になって足を運ぶうちに、ソロモンはある湖の畔に辿り着きました。何故そこに行ったのかはわかりませんでした。いつの間にか、ソロモンはそこにいたのです。
ソロモンは肩で息をしながら、その場で立ちすくんでいました。
視線の先には、肩のあたりで切りそろえられた黒髪と、小さな身体を包むには少し大きめの青色のアオザイが見えました。カールの姿を見たことで、力が抜けそうになりましたが、ソロモンはすぐにカールのそばに歩み寄りました。
ソロモンに気付かずに、カールは湖に流れ込む小川を楽しそうに覗き込んでいます。ソロモンがわざと咳き込むと、カールは驚いて振り向いてから、
「ソロモン!」
嬉しそうにソロモンを見上げました。
これまでカールを探した時間を思い出して、「ソロモン!」じゃないですよ、と一瞬ソロモンは言いそうになりましたが、すぐにどうでもよくなりました。カールがせっかく嬉しそうな顔を自分に向けてくれているのに、その表情を曇らせたくはなかったのです。カールの“好き”はいつもソロモンとは違う方向を向いているので、こうして、自分の方を少しでも見てくれる時間は貴重でした。
「暗くなってきたから、帰りますよ。カール」
ソロモンにそう言われて、暗くなってきたことに初めて気づいたように、カールは空を驚いた目で見上げました。本当に時間を忘れていたんだなと思いながら、ソロモンはカールの手を取りました。
家への帰り道で、ソロモンはカールに何をしていたのかを訊きました。
カールが言うには、カールは川の底でキラキラと光っていた雲母をどうやって集めればいいかを考えていたということです。
「たくさん集めて、お前に見せたかったんだ」
カールの気持ちは嬉しかったのですが、またいなくなってしまうと困るので、ソロモンは、今までずっと探していたんだと、カールに言いました。次からは、ちゃんと行く場所を教えてほしいとソロモンが言うと、カールは、家を出る時に、行く場所は決めていないと言いました。
それから、
「でも、大丈夫だ」
カールは自信満々といった様子で、言いました。
何が、大丈夫なんですか? とソロモンが訊くと、
「僕のことは、いつも、お前が見つけてくれる。だから僕は、何処にでも行ける」
カールが満面の笑みを浮かべて答えるのを聞いて、ソロモンは、
これから、
何があっても、
絶対に、
カールの姿を見失った時は、
何をしてでも探しだそうと誓ったのでした。
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